Vol.26 No.2 (1971)
UDC 616-073.75:621.397.13:621.386

ジャイロ式万能X線TV装置による新しい胃X線診断
Stomach Diagnosis with Universal Gyroscopic X-Ray TV Apparatus

牧野純夫<1>
    永井勝美<2>
    渡辺広行<2>
    星光二郎<2>
Sumio MAKINO*
    Katsumi NAGAI**
    Hiroyuki WATANABE**
    Kôjirô HOSHI**


The development of the double contrast method has enabled the detection of a minute focus in the stomach. With the conventional X-ray table, it was difficult to precisely photograph all portions of the stomach which has a very complicated form ; the anterior wall is much more difficult to obtain its double contrast image than the posterior wall ; the X-ray diagnosis of the upper portion of the stomach is also very difficult. The universal gyroscopic X-ray TV apparatus based on rotation-and-multidirection radiography has newly been developed to obviate the difficulties. Herein presented are the functions and clinical effects of the apparatus.

Key words 
Medical equipment, X-ray apparatus, Diagnosis, Radiographs, Stomach, Tables, Rotation, Closed circuit television, Performance, Development

[1] まえがき

日本は胃癌の発生ひん度の著しく高い国である。また胃潰瘍はわれわれにとって最も身近な病気の一つである。こうした事情は日本の胃診断技術のレベルを高め,胃に関しては日本の医学が世界をリードしている。胃の検査法にはX線検査のほかに内視鏡検査,細胞診等があるが,多くの患者に対する一次的な検査法として最も能率的で有効なのはX線検査であろう。胃のX線検査法は二重造影法の開発によって著しく発展し,微細な病変も診断できるようになった。しかしその二重造影法をもってしてもX線写真として十分に描写できない部位がある。それは胃の前壁と,胃の上部である。これらの部位の描写がむずかしいのは二重造影法そのものの欠点ではなく,むしろそれを行なうための透視撮影台に問題があった。西山胃腸病院長西山正治博士はこれらの問題を解決する新しい透視撮影台を発案し,癌研究所付属病院長黒川利雄博士,東北大学抗酸菌研究所斎藤達雄教授の指導によって当社が研究試作を行ない実用の段階に達した。これがジャイロ式万能X線TV装置である。ここでは主としてその臨床効果について紹介する。

[2] 胃のX線診断法のあらまし

2.1 従来の透視撮影台
胃のX線検査に用いられている透視撮影台は患者の体位変換という点からみれば,図1のように立位から臥位へ,さらに逆傾斜位へと起倒することしかできない。特に注意すべきことは,患者の体の回転による体位変換は自力でするが,臥位における撮影のためのX線ビームの方向は常に重力と平行な方向であり,臥位における水平方向のX線ビームによる撮影が不可能なことである。したがって従来の透視撮影台による患者の基本体位は図2に示されたように立位B,背臥位C,腹臥位Aの三つとなり,これらに斜位,半立位,逆傾斜等を加えてX線検査が行なわれる。


図1. 従来の透視撮影台の動き
Movement of a conventional table

2.2 胃のX線検査法
胃のX線検査は周知のように陽性造影剤として硫酸バリウムを患者に飲ませて行なう。胃のX線検査法にはその目的によって四つの方法がある。充盈法,粘膜法,圧迫法そして二重造影法である。ここではその特徴を説明しよう。
(a)充盈法  バリウムを十分に飲ませて胃の中に満たして撮影する方法で,胃の全形と辺縁を観察するのに便利である。
(b)粘膜法  少量のバリウムを飲ませて胃の粘膜のひだを写し出す方法で,二重造影法で比較的困難な胃前壁の病変を写し出すためにはこの方法が用いられる。
(c)圧迫法  バリウムを適量飲ませた後,局所的に観察したい部分を圧迫してその部分のバリウムを周辺に押しやることによって病変を写し出す方法で,前後壁隆起性病変の撮影に効果がある。しかし圧迫する位置や加える力などが微妙で熟練を要する。
(d)二重造影法   この方法は日本の白壁・市川・熊倉博士らによって開発された画期的なもので,胃のX線検査の能力を飛躍的に高めた。胃の二重造影法とは陽性造影剤であるバリウムと陰性造影剤である空気とを同時に胃の中に入れて撮影する方法である。つまり,バリウムを飲ませた後空気を注入して胃をふくらませ,体位変換を行なってバリウムを胃の内壁に薄い層として付着させて明暗の差をはっきり出し,胃の粘膜面の微細な凹凸の状態と胃の辺縁をX線フィルム上に描き出そうという方法である(1)
以上述べた四つの方法はそれぞれに特徴があるので,実際にはこれらを適宜組み合わせて胃のX線検査が行なわれている。しかし特に二重造影法についてもう少し詳しく述べよう。
二重造影法でバリウムと空気の量が適量であれば胃壁はほどよく伸展され,正常のやわらかい粘膜ひだが引き伸ばされ,一方かなり固定された粘膜ひだ,つまり潰癌とか癌などによって影響されている粘膜ひだの伸びが悪いのでその状態がよく描写される。そればかりでなく,胃壁の内面にある正常の胃小区なども美しく描出されることもあり,胃小区に異常をもたらす程度のわずかな病変でもとらるえ可能性がある。すなわち微細病変の描写が可能なわけである。また二重造影法によれば胃の粘膜だけでなく辺縁もよく描写されるし,たま胃壁の伸展性もわかる(1)。しかしこれらの威力が十分に発揮されるのは胃の後壁に対してであって,胃の前壁に対しては簡単にはできない。前壁の二重造影が後壁に比べてむずかしい理由は,図2に示したように解剖学的関係によるものであり,腹臥位では少量の造影剤でも前壁粘膜面を完全に覆ってしまい,空気を送入しても胃穹窿部に空気がたまるだけで二重造影像にはならないからである。前壁二重造影法についてもくふうが続けられているが,後壁に比べてかなりむずかしいことは確かである。
X線検査のむずかしいもう一つの部位は胃上部である。胃上部は肋骨下にかくれているため圧迫検査や触診ができない。立位充盈像では病変が現われにくい。また造影剤の噴門通過が瞬間的であるため,病変がとらえにくい。これらの理由で胃上部のX線診断はむずかしいとされている(2)


図2. 立位,背臥位,腹臥位におけるバリウムと空気との関係
Patient's position and stomach


図3. 胃の区分
Names of the parts of stomach

2.3 回転多方向撮影
二重造影法の基礎は空気でふくらんだ胃の内壁の粘液などをバリウムで洗い流して胃粘膜にバリウムの薄い層をつくることであった。これは患者を回転することによって容易に得られる。そこでもし患者がどの方向に回転しても常に背腹方向のX線撮影ができるとしたら,前壁も後壁もきわめて容易に二重造影像として描写できるはずである。つまり,背臥位でバリウムと空気を胃内に送入しておき,90°回転して側臥位にして直ちに背腹方向撮影すれば,後壁の二重造影像が得られるはずである。また腹臥位から90°回転して側臥位にし,直ちに背腹方向撮影すれば前壁の二重造影像が得られるはずである。このような方法を回転多方向撮影と呼んでいる。この方法によればあらゆる体位がとれるので,噴門部などの胃上部のX線診断にも威力を発揮する。この回転多方向撮影を実現したのがジャイロ式万能X線TV装置である。

[3] ジャイロ式万能X線TV装置の開発

3.1 機能
ジャイロ式万能X線TV装置は従来の透視撮影台と同様に立位から臥位さらに逆傾斜位へと起倒するが,そのほかに従来のものにはない主回転と患者ローリングの機能をもっている。主回転は図5に示すようにX線管,患者,I.I.が一体となって,患者の体軸の回りに360度回転することであり,この動きによって患者の回転を行なうと同時にすべての位置で背腹方向撮影を可能にしている。また患者ローリングは図6に示すように患者だけを±90度回転させることを可能にしている。これによって患者の側方向撮影や骨や小腸との重なりを避けるための斜位撮影を行なうことができる。この主回転,患者ローリング,起倒の三つを適宜組み合わせることによって,あらゆる方向からの回転多方向撮影が可能である。


図5. 主回転
Main rotation


図6. 患者ローリング
Patient rolling

またこの装置では患者が回転したときに台から落ちないように固定することが必要である。患者固定用に図4に見られるような特殊な締結バンドが用意されている。このバンドはたんざく状に数片に分かれた布で作られ,肥満体,貧体の区別なく,また身長の高低に関係なく身体を包む形状になっている。また消化管を自然の状態に保ち,必要に応じて触診や圧迫ができるように腹部は締結せず,患者に不安感を与えない構造になっている。締結に要する時間は20秒くらいである。


図4. ジャイロ式万能X線TV装置
Universal gyroscopic X-ray TV apparatus

3.2 その他の特長
従来のアンダチューブ形の透視撮影台では,背臥位のときは胃がフィルムに近く鮮鋭な写真が得られるが,腹臥位では胃がフィルムから離れるため幾何学的ぼけが大きくなって写真の鮮鋭度が落ちる。このジャイロ式万能X線TV装置では主回転によって背臥位でも腹臥位でも胃は常にフィルムの近くにあるため,常に鮮鋭度のよい写真が得られる。
またこの装置での斜位撮影には二つの方法がある。骨や小腸との重なりを避けるための斜位であれば,従来のものと同じように患者ローリングを使って行なえばよい。またバリウムの流れを変えるための斜位であれば主回転を使って行なうことができ,この場合には従来のものに比べて,陰影の縮小を避けることができる。
3.3 ジャイロ式万能X線TV装置によるX線検査法
ジャイロ式万能X線TV装置は従来の透視撮影台がもっていた機能はすべてもっているので,立位充盈像,背臥位二重造影像などが得られるのは当然である。ここではこの装置の特長である回転多方向撮影を用いた検査法を紹介しよう。図7は後壁の二重造影法を示したものである。バリウムおよび空気を胃内に送入し,背臥位二重造影を行なった後,背臥位から90度主回転して右側臥位になり背腹方向撮影をすれば,幽門部が充盈され,噴門部,胃体部の後壁に薄層に付着したバリウムと空気とで二重造影像が得られる。また背臥位から90度主回転して左側臥位になり,背腹方向撮影すれば胃体部大彎側が充盈され,幽門部,胃体部小彎側の後壁の二重造影像が得られる。またこのときあらかじめブスコパンを患者に注射して胃腸の緊張度を低下させておけば,十二指腸に空気が移行して,すでに流入したバリウムとあいまって低緊張性十二指腸造影がたやすくできる。図8は前壁の二重造影法を示したものである。腹臥位から90度主回転して右側臥位にし,背腹方向撮影すれば,幽門部は充盈され,胃体部の前壁にバリウムがうすく付着して二重造影される。また腹臥位から90度主回転して左側位臥にして背腹方向撮影すれば,胃体部大彎側が充盈され,幽門部と胃体部の前壁にバリウムが強く付着して二重造影される。この体位では幽門部がよく伸展し,胃小区や微小潰瘍を描写するのにきわめて有効である。またこの体位でも低緊張性十二指腸造影が可能である。実際には胃の形状や所見の状態にあわせて,患者ローリングや起倒を加える必要があるのは当然である。


図7. 後壁の二重造影法
Double contrast method of posterior wall


図8. 前壁の二重造影法
Double contrast method of anterior wall

3.4 臨床例
3.4.1 幽門部前壁の胃潰瘍  図9と図10は同じ患者の写真である。図9は従来の透視撮影台で撮影したもので,腹臥位でふとんを使って圧迫し苦労して幽門部前壁の潰瘍を描写したものである。図10は同じ患者を7か月後にジャイロ式万能X線TV装置で撮影したもので,腹臥位から左側臥位に主回転し圧迫を加えないで撮影したものであるが,幽門部に瘢痕化した潰瘍が描写されている。


図9. 幽門部前壁の胃潰瘍(従来の方法による)
Gastric ulcer of anterior wall of antrum (by conventional method)


図10. 幽門部前壁の胃潰瘍(本装置による)
Gastric ulcer of anterior wall of antrum (by the new method)

3.4.2 幽門前庭部前壁の胃小区  図11は腹臥位から主回転して左側臥位にし背腹撮影したもので,幽門前庭部前壁の胃小区が鮮明に描写されている。前述したように,この体位は幽門部の微細病変を描写するのにきわめて有効である。


図11. 幽門前庭部前壁の胃小区
Area of anterior wall of antrum

3.4.3 噴門開口部の撮影  図12は背臥位からやや左側臥位方向へ主回転し,さらに逆側に患者ローリングを加えて噴門開口部を撮影したものである。このようにジャイロ式万能X線TV装置は胃上部の検査にも威力を発揮する。


図12. 噴門開口部の撮影
Radiograph of cardia

3.4.4 胃体部後壁の早期癌  図13と図14は同じ患者の写真で,いずれもジャイロ式万能X線TV装置で撮影したものである。図13は従来と同じ方法で撮影した背臥位二重造影像で,胃体中部にバリウムの地ができ,逆傾斜にしても十分に消失しなかった。図13の背臥位二重造影像からは病変の存在診断は可能だが,質的な診断はむずかしい。図14は同じ患者を背臥位から右側臥位に主回転して背腹撮影したもので,バリウムの池は完全に消滅し,病変の全容が現われ,早期癌としての質的診断が可能である。これは回転多方向撮影による二重造影法の威力をまざまざと示したものといえよう。


図13. 胃体部後壁の早期癌(従来の方法による)
Early cancer of posterior wall of corpus (by conventional method)


図14. 胃体部後壁の早期癌(回転多方向撮影による)
Early cancer of posterior wall of corpus (by main rotation)

[4] あとがき

新しいX線診断法を生み出したジャイロ式万能X線TV装置の臨床効果がある程度確認され,今われわれは第二号機を製作中である。これからも臨床実験を重ね,最も適当な回転速度や,より簡単で安全な患者の締結法などを考え出していかなければならない。またこの装置が胃腸診断だけでなく,他の分野にも利用されていくことを望んでいる。最後にこの研究に没頭されている西山博士の熱意に深甚の敬意を表わし,同博士,黒川博士,斎藤博士の多大のご指導に心から感謝の意を表わするものである。なお,本文に掲載された臨床写真は西山博士のご提供によるもので,ご好意に対し厚くお礼申し上げる。

文献

(1)白壁彦夫編:胃二重造影法,p.7,文光堂
(2)白壁彦夫,他:臨床における放射線の最近の動向,p.13,金原出版

<1>医用機器事業部   *Medical Equipment Div., Tokyo Shibaura Electric Co., Ltd.
<2>玉川工場 レントゲン部   **Tamagawa Works, Tokyo Shibaura Electric Co., Ltd.